泣きむしメダカ(第1話) 

今日は天気があまりよくない、
曇っている。


めだかは、
いつものことだ、と退屈そうに思っていました。

大きな鉢の、丸い輪郭に沿って、
大きな雲がゆっくりと右から左に流れています。
時々、色の薄い雲が水草の合間を、
するっとすりぬけ、
影ができたり、
光が射したりして、
ちかちか眩しい。


人間が立ち話をしている声が聞こえてきます。
だいたい、この時間帯に話している、
人間の声だ、とめだかは思いました。


「お隣さん結婚したえらしいわよ」
「あらぁ」


わけのわからないことを、
いつものようにごちゃごちゃとしゃべっている。
たいして気にならない話に思えたから、
めだかは聞き流していました。


めだかは、
ぺっとしょっぷ、というところで生まれたらしい。
この前、人間が話していたのを聞いたのです。


ぺっとしょっぷは、
めだかがこの場所に来る前にいた所で、
すいそう、という透明な場所に沢山の仲間と暮らしていた。


ある日、
おおきな網ですくわれて、
四匹の仲間と一緒に、この大きな丸い鉢の中に引っ越してきました。
最初は広くて落ち着かなかったのですが、
いまはのんびりできて、
この生活も悪くないと思っていました。


今は、
この鉢には三匹の仲間のめだかの他に、
食いしん坊な金魚と、
どじょう一家が暮らしていました。


めだかの仲間は、
最初は、
自分たち黒めだかのほかに、
チビの赤ヒレのめだかが二匹いました。
でも、ある日のこと、
寝ぼけていた食いしん坊な金魚に、
人間のくれる餌と勘違いされて、
ヒレのめだかが一匹、食べられてしまいました。


だから、三匹で力を合わせて金魚のしっぽに食いついてやったら、
金魚は驚いて、
それからというものは、とてもおとなしくなりました。
金魚の尾ビレが少し足りないのは、
その時のものです。


また、人間の話し声が聞こえてきました。
今度は少し気になる内容です。


「今日は大雨がふるのよ」
「ちかごろ多いわね」
地球温暖化のせいよ」


めだかには、何のことだかさっぱりわからなかったのですが、
どうしても人間の話している内容が知りたいときは、
どじょう一家の、物知り爺さんに話を尋ねることにしているので、
質問をしてみることにしました。


でも、
物知り爺さんは、話し始めると止まらなくなるから、
いつも質問なシンプルなものにするようにしています。

この前だって、「やきゅう」について尋ねたら、
「おくりばんと、の方法について」、
餌の時間までされたから、たまらなかった。
なぜ、こんなことを物知り爺さんは知っているのかわからないけど、
そのことについて質問したら、
また餌の時間までだらだらと話をされるのは嫌だから、
そのことについて質問はしないように、
めだかはしていました。


でも、どじょう一家の話では、
物知り爺さんは田んぼでは有名な、どじょう、だったらしい。


とにかく、長生きはしているんだろう。
食いしん坊の金魚ですら、
物知り爺さんには歯が立たないほど、
物知り爺さんの体格は立派なのです。


さて、
地球温暖化」について物知り爺さんに質問をしたら、
最近の頻繁にある大雨が、
この「地球温暖化」の責任があることを、
わかりやすく説明してくれ、
めだかは、
きっと人間だってこんなこと知らないだろうと、
思いました。


めだかは、
物知り爺さんの長話は嫌だけど、
何でも知っていることと、おおきなどっしりとした体格に、
実は、すこしあこがれていました。

そんなことを思っているうちに、
餌の時間になりました。
今日はいつもの小さな人間ではなく、
大きな人間が二人で、
餌をパラパラとくれました。


二人の大きな人間の話し声が聞こえます。
どうやら、どじょう一家について話しているようでした。


「こいつら、イノナカノカワズだな」
と、わけのわからないことをいっていたので、
意味を知りたくなって、
話が長くならないように、簡素に物知り爺さんに質問をしました。


物知り爺さんはこたえました。


「正確にいうとだなぁ、
井の中の蛙、大海を知らずっていってだなぁ、
まぁ、つまり、
はえーはなしが、
狭い世界に閉じこもっていて外の世界をしらねぇことだとか、
それによって、知識が少ないことを言ってるんだよ、
わかるか?黒ヒレのめだか。
蛙ってーのはカエルって言ってだなぁ、
昔、住んでた田んぼに友達がたくさんいらぁ!
井ってのは井戸っていって、水場のことだわな」


めだかは、
物知り爺さんの言っている内容は理解することができたのですが、
なぜ、この物知り爺さんが人間に、
「外の世界を知らない、だとか、
知識が少ない」と言われているのかわかりませんでした。


めだかは、
物知り爺さんより物知りがいるのかどうしても知りたくなり、
話が長くなることを覚悟して、質問をしてみました。


物知り爺さんはこたえました、
「おぅ、おれより物知りがいるぜ、
ほら、さっきもいった昔住んでた田んぼのカエルの友達よ、
あいつは何でも知ってやがったなぁ、
実はオレも、あいつからいろいろ学んだんだわ。
あいつは、この世で一番頭がいいっていう人間より物知りよ。
井の中の蛙なんぇバカにされてるけど、
あいつは、人間も知らないことをたくさん知っていらぁ」


めだかは驚きました。
物知り爺さんに、いつもいつも、
人間は、この世で一番知識がある生き物だと聞いていたので、
とても信じることができませんでした。


「人間より物知りなカエルって、どんな生き物なんだろう?
そんな生き物いるもんか・・・。
でも、物知り爺さんは一度だって嘘をついたことはないしなぁ」


めだかは、
どうしても気になってしまい、
いつもは面倒な、物知り爺さんの長話を暗くなっても続けました。
物知り爺さんは、
生まれ育った田んぼのことを事細かに話してくれ、
めだかは、その田んぼに行ってみたいと思うようになりました。


時間を忘れて話をしていると、
雨が降り始めました。
すると、物知り爺さんは、
「もう、今日は遅いから寝ろ、
続きは今度してやる」
と言って、さっさと寝てしまいました。


めだかも寝ようとしましたが、
どうしても、物知り爺さんが話してくれたことが気になってしまい、
寝付けずにいました。


すると、だんだん雨は強くなり、
あっという間に大雨になってしまいました。


雨が大きな丸い鉢に強く打ちつけるので、
めだかの仲間も、赤ヒレも、食いしん坊の金魚も、
鉢の底に沈んで寝ていました。

ザブザブと雨は強く打ちつけ、
大きな丸い鉢からは、雨水であふれかえってしまっています。


鉢の水があふれかえるような大雨はめったにありません。


めだかは、
「あふれかえった水に乗れば、田んぼに行けるかもしれない」
と、思いました。


つづく

2009年8月14日の日記より
(現在続いています)