泣きむしメダカ(第3話)

どれくらい時間が経過したのでしょうか。


めだかは、
「ビール」と書かれた、
銀色の、固い、冷たい容器の中で目を覚ましました。
何か音がします。


コンコン・・・
コンコン・・・
と、めだかの入った容器に何かがあたっている音がします。
容器の中の、眠くなるアルコールによる異臭はなくなっていました。


めだかは、外に出てみることにしました。
どうやら雨はあがっているのだろう、
と、めだかは思いました。
容器の入り口から強い光がさしこんできています。


おそるおそる、
暗い所から、明るい所にでるてみると・・・。


「うわっ!」
思わずめだかは声をあげてしまいました。

空が、
空が、
空が広いのです。


めだかは、見たことのない空の広さに驚いてしまい、
しばらく動けないでいました。
こんなに広い空は初めて見ました。


だいぶん、落着きを取り戻しためだかは、
今度は何かの匂いに気がつきました。
大きな丸い鉢に生えていた水草の匂いを十個分にしたくらいの匂いが、
風と一緒に香ります。


「ここはどこなんだろう?」
めだかが、そう思っていると、
さっきの音の正体が現れました。


「なんだよ、
さっきから叩いて呼んでいたのに、
ようやく出てきたとおもったら、
ぼーっとしやがって!
このへんにいる、じゃみかけない顔だし、
名を名乗れ!」


大きな声で、なれなれしく話してきた、そいつは、
大きさはめだかと同じくらいだけど、真っ黒で
頭ばっかりおおきい変テコな形をしていました。
声が大きいので、めだかは気押されてしてしまいました。


でも、めだかはここがどこだかさっぱりわからないので、
おとなしくして、その黒い変テコなやつのいうことを聞いてみることにしました。


「はじめまして、
めだかといいます、
あ、本当は黒めだかっていいます、
えっと、
その、
大雨で鉢から飛び出して、
流されて、
あ、その前はぺっとっしょっぷにいて・・・」


しどろもどろになってしまいました。


めだかは、
自己紹介なんかしたことがなかったので、
上手にできませんでした。
大きな丸い鉢の中の仲間のように、
うまく話が通じなかったらどうしよう・・・
と、不安になり、
めだかは泣き出しそうになりました。


まだ自己紹介のつづきをしようとするめだかを静止し、
黒い変テコはいいました。


「なんだ、
流されてきたのか。
ときどきいるんだよ、そういうやつ。
じゃ、ここがどこかも判らないだろ?」


「わからない」
と、めだかはこたえました。


「ここは田んぼさ、
ほら、稲穂のいい匂いが風にのってするだろ?
それと、オレはカエル、
よろしく!」


めだかはとても驚いてしまいました。


なんと、
「ビール」と書かれた、
銀色の、固い、冷たい容器の中で居眠りをしていたら、
目指していた田んぼに着いていたのです!
その上、めだかは、
会いたかったカエルにも、
出会う事ができたのです。

めだかは、
田んぼを目指して、
大雨に乗って飛び出してきたことと、
そこでカエルに出会いたかったことを、
黒い変テコにいいました。


すると、黒い変テコな形は、
「おまえ度胸あるんだなー」
と、感心していました。


めだかは、
物知り爺さんのどじょうの話を、
黒い変テコな形にしました。
めだかは黒い変テコが物知り爺さんより物知りだと思い、
次から次に質問をしました。


「稲穂ってなに?」
「なんでここの空はこんなにひろいの?」
「度胸ってなに?」


黒い変テコはあわててしまいました。
そして、こたえました。
「おいおい、
どうしてそんなに次から次に質問をするんだよ、
そんなにたくさんこたえられないよ。」


つづけて、黒い変テコはいいました。


「その話なら聞いたことがあるよ、
たぶん、そのカエルは、
オレのオヤジだよ。
オヤジはここらじゃ有名なカエルさ、
なんたって子どもが何万もいるんだからな。
よし、わかった!
オヤジに会いにきたなら、
オヤジのところに案内してやるよ!」


そうして、黒い変テコに案内してもらうことになりました。
田んぼをいくつも越えていくことになりました。


田んぼは迷路のようになっていました。
隣の田んぼにつながる細い水路を異動するときに、
黒い変テコはいいました。
「ここは注意が必要なんだ、
上から鳥がねらってくるからな、
よーく注意してくれよ。」

めだかは言われたとおりにしました。


田んぼを三つこえたところで、
黒い変テコが休憩をとりました。
田んぼはとても餌が豊富でした。
ボーフラ、
赤虫などなど、
すぐにおなかいっぱいになりました。


めだかがたくさん食べていると、
黒い変テコがいいました。


「あまり食べすぎるなよ、
動きが遅くなって、
鳥に食べられてもしらないぜ」


めだかは、
いままで天敵がいなかったので、
のんびりとしていました。
なので、
その話を聞いてぞっとして、
思わず食べていたものを吐き出しそうになりました。

休憩がおわり進むことにしました。
もう半分くらいだと、黒い変テコは教えてくれました。


田んぼをさらに二つこえ、
三つめの細い水路にさしかかりました。
黒い変テコは、神妙な顔つきになり言いました。


「まずいな、
こっちの水路が塞がっちまってる。
隣の水路でもいけないことはないんだけど・・・」
そういって、話すのをやめてしまいました。


めだかが、
なにがおこったのか、黒い変テコにこたえを促しました。
すると、黒い変テコはこたえました。


「こっちの水路が塞がってるとなると、
オヤジのいる隣の田んぼにいく、
他の水路は一つしかないんだ、
でも、その水路には、
ザリガニという恐ろしいやつがいて、
そいつのハサミにつかまったらオシマイさ」


めだかは恐ろしくなってしまいました。


めだかと黒い変テコは話し合い、
二匹はザリガニのいる細い水路を全力で走りぬける作戦をたてました。


「怖くて、尾ビレがちぢこんでも、
止まらずに全力疾走すれば、
捕まることはない」


二匹は決心しました。


ザリガニの水路にさしかかる手前で、
フナの三兄弟がいて、話をしていました。


「今日もザリガニのやつをからかってやろうぜ」
「あのうすのろをからかうと気分がいいよなぁ」
と、大きな声ではなしています。
すると、めだかと黒い変テコに気がつき、話しかけてきました。


「お前ら、ここを通るの?
うっそー!
せいぜい食われないようになー」
ひときわ大きな声で笑いながら話しました。


フナの三兄弟は、二匹にそういうと、
目にも止まらない速さでザリガニのいる水路を駆け抜けていきました。


黒い変テコは、
「気にするな」
と、はげましてくれましたが、
めだかはよけいに怖くなってしまいました。


決心が揺らぎはじめましたが、
仕方なくタイミングをうかがって、
先頭は黒い変テコ、次にめだかの順で、
ザリガニのいる水路を全力で駆け抜けだしました。


最初は順調に進んでいました。
黒い変テコも、ヨレることなくまっすぐにすすんでいました。
めだかは普段では考えられないほど速いスピードで泳いでいましたが、
それに気が付けないほど必死でした。


そろそろザリガニの細い水路も終わりが見え始めたところで、
急に、黒い変テコの体が右に大きく傾きました。
めだかも右の方向に泳ごうと体を傾けた、次の瞬間、
ザリガニの大きなハサミが尾ビレをかすめ、
押し殺していたはずの、恐怖心が一気にあふれだし、
めだかは動きがとれなくなり、固まってしまいました。


ザリガニの大きな体が見えたあとで、
今度は飛び出した目玉見え、
めだかと目が合いました。


めだかは、がたがたと震えてしまい、
涙がかってにあふれてきます。
怖くて、
怖くて、
体が全くいうことを聞きません。
「助けて」と叫ぼうとしましたが、
声ほとんどでなくて、
心の中で、
「助けて、だれかー」
と叫ぶので精一杯でした。


遠くで、黒い変テコの大きな声がします。
「にげろー」
「早くしろー」


ですが、体がいうことをききません。


ザリガニが大きくハサミを振りかざしました。


「もうだめだ・・・」
めだかは、諦めてしまいました。


次の瞬間、


「どしーん!」


大きな音と共に、もうもうと砂煙があがり、
ザリガニが一目散に逃げていくのが見えます。


目の前に、
茶色い大きな大きな体がたたずんでいました。
ゆうにザリガニの体が三つはある立派な体格です。


遠くで、黒い変テコの大きな声がします。
「やったー!
オヤジはスゲーぜ!」
などと絶叫しています。


「フナの三兄弟がさわがしかったから、
気になってきてみたんだ、
いやー、食われないでよかったな」
大きな大きな体には似合わない、
とてもとても優しい声でした。


めだかは安心してしまい、
今度は、誰よりも大きな大きな声で、
泣きました。


ザリガニの水路をぬけて、
目的地の田んぼにつくと、
先ほどの、フナの三兄弟いて、
めだかの方をみて、
ニヤニヤと嫌なうすら笑いをして言いました。


「意気地なし」


めだかは恥ずかしくなり、
また泣きそうになりましたが、
黒い変テコがフナの三兄弟を追っ払ってくれたので、
涙をこらえることができました。


めだかは、黒い変テコが、
大きな丸い鉢の中の仲間のように優しいやつだとわかり、
最初は、嫌なやつだと思ったけど、
友達になれた気がしました。


友達になれたかどうかを、黒い変テコに確認したくなりましたが、
恥ずかしくて、そんなことはできませんでした。


すると、黒い変テコが、
大きな大きな茶色い体の持ち主に話しかけました。


「オヤジ、
紹介するよ、
友達のめだかだよ。
なんでも、オヤジに会いに来たらしいんだけど。
ほら、どじょうの物知り爺さんいただろ?
人間の網にかかったさぁ、
コイツは、そこからわざわざオヤジに会いに来たみたいなんだ」


すると大きな大きな茶色い体はこたえました。
「それは、わざわざ遠くから、
しかも人間から逃げてきたなんて勇気があるね。
息子を黒い変テコなんて呼んでるがね、
これはオタマジャクシっていってカエルの子どもなんだよ。
わたしは、ここで一番長生きのカエルで、
みんなは、カエル博士なんてよんでるくれてるんだ。
今日は疲れているだろうから話は明日に・・・・」


大きなカエル博士は、
はっとして、話をやめました。


めだかが大きな涙の粒をぽろぽろ流しながら寝ているのです。


めだかは、泣き寝入りも初めてでしたが、
それは、はじめてのうれし泣きでした。


黒い変テコは、自分のことを、
「友達」
と、呼んでくれたし。
大きなカエル博士は、
さっきフナの三兄弟に、意気地なしと馬鹿にされた直後なのに、
「勇気がある」
なんていってくれた。


めだかは本当に安心しきってしまって、
寝てしまったのです。


「つづきの話は明日にしよう」
大きなカエル博士は、黒い変テコにいいました。

つづく


2009年8月19日