一見すると漠然としたもの

生きるための動機やエッセンスのようなものは、
一見すると漠然としたものに見えます。


「希望」、
「目標」、
など、そういったものは、
生きることそのものと云えるかもしれないほどの、
生きる動機と云えるかもしれません。


ただ、
こういった「希望」や「目標」などのようなものは、
漠然としていて明確になりづらく、
不安を助長してしまったりします。
鬱病患者が将来に不安を覚えるのも、
こういった漠然性からかもしれません)


しかしながら、
この不明確なモノに、
人は生きる道を見い出したりします。
逆に、
「希望」や「目標」などがなければ、
生きることが難しいとも云えます。


相反する感情が「同居」している状態を、
「生きること」、
と、いうのかもしれません。
つまり、
「希望」や「目標」などが有ると、
生きることへ「動機」が生まれますが、
逆に、
「希望」や「目標」などはその漠然性から「不安」も生まれます。


こういった「不安」は、
生きることの苦悩そのものですが、
それと同居している「希望」や「目標」などが有るから、
生きている意味あいも出てくるのだと思います。


時に、
こういった「不安」は、
人に大きなストレスを与え、
精神を蝕み、
命までも落とすこととなる場合もありますが、
それと「同居」している、
「希望」や「目標」などがあるかぎり、
人は生きていくことが可能なのだと思います。


それでも生きていくことは大変。
でも、
自分のできる範囲で、
ぼちぼちとマイペースでやっていけば大丈夫。


ゆっくりいきましょう。