損して得取れ −そんなに簡単にはいかないー

損して得を得る。


なかなか難しい概念です。


損をするということは、
大きく見れば納得していないことなので、
それを受け入れてから、
長い目で見て特になる(かもしれない)
ことに準備をしなければいけない。


しかし、
分っていても、
そっせんして損をする人なんていないんだから、
得を得られると思えないことをやっていく作業はつらいものがあります。


僕の場合、
納得できない損であって、
得をしないものに対しては、
やはり損をするのを拒みます(迷惑のかからない範囲で)。


対価になるようなものがあれば、
そうします。


最近あったことでは、

(1)
お金が一切でない染物の仕事があり、
仕事を頼んできた相手が、
さも当然かのように頼んできたときは、
さすがに、すぐには首を縦に振りませんでした。


感謝の念を忘れてはいけません。


(2)
逆に、損して得を得られそうだったのは、
買おうとしていた道具です。

5寸刷毛というお金のかかる道具があるのですが、
A社では3500円
B社では4500円で、
短い目でみればA社がお得で、そちらを買いそうになりますが、
長い目でみればB社の製品の方が長持ちするので、
B社のほうがお得になります。


こういった形での、損して得を得ることならば、
率先してやりたいものです。
(特に仕事において)


しかしながら、
組織というものの中に居る場合は、
時に組織の中で政治的権力のある者に、
こういった損して得を得れない理不尽なことを云われるのが世の常です。


こういったことが僕の場合は、
変に正義感が強くて、
なかなか素直になれないところがあり、
こういうストレスに対して弱いところがあります。


だから、
自分は組織の中で働く場合は、
ある程度納得していけるところ(仲間が居るなど)
でないと働くのが辛くなります。
また、
自分が全く持って信じ切っている相手とかからの仕事なら、
納得できます。


もしくは、
組織に属さずに、
自分自身で独立してやっていくという選択肢もあります。


損して得を得るのは大変ですが、
その損の仕方の内容も問われるとおもうんです。


理不尽に耐えれるように人間は設定されていません。


その理不尽から逃げることは、
社会のなかでは当たり前のことで、
何もはずかしいことではありません。


悩まないことも大切。
単純に、避けてもいいと思う。


ぼちぼちマイペースで。