第三者の視線2

病気になり四年以上経ちました。
当初は、
正直こんなに症状がよくなるとは思ってもみなかった。
最近は体調が良くなくても、
自殺年慮が激しいとか、
そういうことは無くなってきた気がするので、
そう考えると、
とんでもなく回復したんだと思う。


でも、
やっぱり他人とは違うことしかできないことは、
本当に気になる。
気にしても仕方ないし、
わかりきっていることなのに、
やはり気になってしまう。


病気で寝てたりした時の記憶(二年半くらい)がごっそり抜け落ちてて、
何をしていたかも、
ほとんどハッキリと思い出せない。
だから、
自分と自分の回りが今年で社会人何年めで・・・
とか、そういう感覚が、
未だにピンとこない。


あと、
自分のまわりの友達が自由に使えるお金の半分くらいしか、
僕には使えないことが、
現実として辛いところで、
仕方なくても比べちゃう。
スノボの板とラケットと何々を買わなきゃ…とか言われると、
やはり比べる。
なんとなく羨ましい。
ハッキリいって、
どーうだって良いことなのですが、
なんとなく、
自分に無いものをチラチラ見せられると、
別に欲しくないのに、
羨ましくなったりする。



僕は沖縄にいくお金を貯めなくちゃいけないので、
普通は買えるような何々を…実際に買うかは二の足を踏む。
違いは構わないのだが、
制限や出来ないことを感じるのが辛いところ。


来年の語学学校代金やら、
染織の工房の代金、
その他の服飾への投資は必要だから、
そのあたりの費用を差っ引くと、
なんだか極貧・・・。
でも、
生活自体は結構豊かというか、
幸せ指数は何となく高い。
つまり、
精神的な生活環境には余裕がある。
精神疾患はあるけど)


確かに、
彼らの生活を、
僕の視点で見ると羨ましいが、
逆に、
僕らしか出来ないことを、
彼らが羨ましがることもあるだろう。
要は、
無い物ねだりのところが大きいようだ。


やっぱり、
自分の出来ることを、
自分の出来る範囲でやっていくしかない。
ぼちぼちマイペースで、
今日も明日も生きていくほか無いようです。